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06-03(日)

検見川送信所

前から気になっていたスポットに行ってきました。

検見川送信所4
検見川送信所4 posted by (C)きたあかり

検見川送信所1
検見川送信所1 posted by (C)きたあかり

検見川送信所7
検見川送信所7 posted by (C)きたあかり


こんな廃墟スポットどんだけ山奥にあるんだとお思いかもしれませんが、所在地は千葉市内。 幕張メッセから車で10分以内で行ける距離に位置しています。

三枚目の写真を見ると荒涼たる原野が広がっているように感じるかもしれませんが、それはこの区画だけで周囲は新興住宅地。 周囲を真新しい家に取り囲まれています。 
かなりミスマッチな風景ですが、それは現在この建物が置かれている立場をなにより物語っています。

さて、この建物の正体は検見川無線電信送信所
1926年(大正15年)旧逓信省(旧郵政省)が設置した海外向けの無線送信所です。 
写真を見る限りでは単なる廃墟ですが、それなりの歴史を秘めた建物です。

建物を設計したのは吉田鉄郎。  
かつて東京駅の真正面にあった旧東京中央郵便局や、取り壊しの決まった大阪中央郵便局も吉田鉄郎の手によるものです。 丸みを帯びた形状(二枚目)は初期の鉄骨コンクリート造りによく見られる特徴で、アーチ状になっているエントランス↓も印象的です。 

P5280257
P5280257 posted by (C)きたあかり

記録によれば、検見川送信所の名を世に広めたのは1930年(昭和5年)のロンドン海軍軍縮会議の記念交歓放送とされています。 歴史上の大きな出来事と当時の通信技術の最先端を担っていた送信所の技術力をリンクさせたエピソードです。

ただ、ラジオ小僧的に言わせていただけるなら、検見川送信所が持っていたJ1AAというコールサイン。 無変調連続波(モールス信号)や大電力による長波による無線電話から短波無線電話。 そして、現在主流となっている超短波(地デジやケータイに使われている周波数帯)に至るまでを担ってきた検見川送信所の53年間は、近代日本が歩んだ電波の歴史と言い換えることが出来るのではないかと感じます。

そして、検見川送信所に関わってきた多くの人々の想い。

今は撤去されたアンテナも鉄塔もなく、鉄塔の台座と局舎が残されているだけですが、これらも何日かは姿を消すでしょう。 若き日に精いっぱい働いた『検見川無線の思い出』を書き綴って後に残したたいと思って筆をとりました。 
菊谷秀雄著 『検見川無線の思い出』 より引用

軍事的な役割も担っていた検見川送信所は敗戦時に文書のほとんどを焼却してしまいました。 そのせいか資料自体が不足しているようです。 現在の所有者である千葉市は保存に向けて動いているようですが、この建物からどれだけ多くの物語を発掘できるかが鍵になってくるのではないでしょうか?

参考文献  『検見川無線の思い出』 菊谷秀雄著
参考サイト 検見川送信所を知る会
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